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撮影後のヘッドピースの行方。作品の価値とは?

こんにちは、ヘッドピースアーティストのYAMAです。

 

今回は主に【撮影が終わった後のヘッドピースの行方とその価値】について思うことを書いていきます。

 

自分は普段、撮影で利用されるヘッドピースなんかをオーダーで制作していることが多いのですが、撮影が終わったら作品(ヘッドピース)の大半は家に返ってきます。

 

そこでたまに感じるのが「撮影が終わった後のヘッドピース自体には価値はあるのかな〜??」ということ。

 

この点について掘り下げて書いてみます。

 

そんなオチがある内容ではないです。笑

 

トピックとしては以下のような感じです。

 

在り方で変化する作品の価値

ここから先で書くことは、完全に自分が制作した作品自体に対して思うことや疑問なので極めて個人的な主観です。

良し悪しというよりは「自分は自身の作品に対して純粋にこう感じる」といったものを書いていきます。

 

 

まず、制作した作品を撮影に使っていただき「ヘッドピースのお陰ですごく良い仕上がりになりました!」と言ってもらえると、本当に嬉しいですし、ちゃんと価値を提供できたなと感じます。

 

しかしあくまでそれは、映像や写真の表現の中での価値です。

 

「ヘッドピース実物の精度とは別問題だな〜」という事実にこの仕事をしているとよく直面します。

 

 

かなり極端に言えば、撮影現場ではどんなチープな作りのヘッドピースでも映像や写真の中でちゃんと映えていれば価値はあるんです。

逆に、高級な材料をふんだんに使って超高精度に格好良く作っても映りが悪ければアウト。

 

 

 

撮影に携わる仕事をしている故の視点ですが、時折自分が制作する作品の価値にはこういう2面性があるなということに気付かされます。

 

つまり用途や現場の在り方で、大きく価値が変化するもの。

 

 

そこで冒頭に書いた「撮影が終わった後のヘッドピース自体には価値はあるのかな〜??」という疑問が生じてくるのです。笑

 

それについて思うことを次の項目で書いていきます。

 

撮影が終わった後の価値があまりない

撮影で使われるヘッドピースは大抵の場合、装着する対象が誰かはっきりしています。(モデル・タレント・アーティストさんとか)

 

当然それに合わせて制作する故、撮影が終わってしまえばもう用途のないヘッドピースになってしまいます。

 

つまり撮影が終わったら価値は暴落。主を失って彷徨う感じです。

あくまで個人的主観ですが。。。笑

 

なので、せいぜい家の棚に思い出として飾って置くくらいしか用途がありません。

 

 

そういうとき「撮影が終わって人間が装着していないヘッドピースって価値がなくなるな〜」と思ったりします。

 

ましてや、撮影用に特化した作りだったりすると「飾るものではないなぁ・・・」ということも今まで結構あったり。

 

悪い言い方をすれば、「ガラクタ」になってしまうわけです。

 

 

まあ撮影後に価値を求めるのはそもそも筋違いとも言えますが、作者としてはちょっと悲しかったり。

作り手故に、色々と思いもあるので簡単に捨てられなかったりもします。笑

 

ちなみにですが、装着した演者さんが「記念に家で飾りたいから欲しい!」と言ってくれたりするのはすごく嬉しいです。

 

作品そのものに価値を持たせたい

そういうことを繰り返しているうちに「ヘッドピースそのものがちゃんと作品として成り立てば良いのにな〜」と思うようになりました。

 

なのである時から、作成したヘッドピースの作品性自体をすごく考えるようになりました。

 

マネキンのヘッドとかに装着して飾ってもオブジェとして成り立つような造形にしたいなと。

 

そう考えるようになってからは、できる限り自分でヘッドピースの土台からパーツまで作るようになりました。

 

できる限り自分の手仕事と造形の痕跡を残したいから。そして濃度を濃くしたい。

 

自分にとってはそういう部分がそのうち作品自体の価値になっていくのかなと思うので地道にやっています。

 

 

そんなことを考えていると、結局はヘッドピースというカテゴリだけでものづくりをする必要もないとなと思ったりもするんですがね。笑

 

撮影後のヘッドピースたちをただの「ガラクタ」にさせないためにも、色々と考え続けながら作り続けようと思います◎

 

 

大したオチもないですが、ここまで読んで頂きありがとうございました!

 

 

 

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